美しい会話.美しい日本語のすすめ

 
 日本語を学び始めて間もない学習者が陥りやすい言語運用の誤りを指導するのは難しい。平気で相手に失礼になるような表現を使う。それを聞いて、日本語指導にあたる私自身、自分の指導の有り方を反省するとともに、運用面での誤りは、その都度注意をするようにしている。中級レベル以降の学習で敬語を習得した後では、かなり感じのよい会話ができるようになるので、やはり、場面によるコード切り替えの概念や美化語、日本人の美意識等、是非、学習して身に付けてもらいたいと思っている。
 私の祖母は、トイレを『雪隠(せっちん) 』と言っていた。「『雪隠(せっちん) 』とは何か」と尋ねると、「『せんち 』ですよ」という回答だった。祖母を取り巻く生活環境は、親戚や身内の者がほとんどで、外部との接触は皆無に等しかった。祖母の家のトイレは『便所』そのものである。庭の隅にトイレの棟がある。昔から農業用に堆肥(液肥)を作るため、母屋の雨樋の先から便壷に通じる道が設計されていて、雨水と排泄物とが混ざる仕組みである。その液肥を汲み取りやすいように、便所の半分はただ板を2本渡してあるだけの構造だ。祖母の家で、『便所』という表現を使ったら、直ちに、周囲の人に汚いものと臭いまでも連想させてしまう。祖母はそれが分かっているから、祖母の使う言葉には少なからぬ配慮があった。
 因みに、私は食事中にどうしてもトイレに行きたい時は、例えば、急いで携帯電話にでなければならない素振りをしながら、「ちょっと失礼します。仕事の電話が、、、。」等といって席を離れる。
 美しい言葉とは、故事から生まれた言葉や、深い意味のある言葉だと思う。
その言葉は何から生まれたのか、言葉の由来が肝心である。上記の『雪隠(せっちん)』にも諸説ある。一つは、雪竇禅師(せっちょうぜんじ)が中国の雪竇山霊隠寺で厠の掃除を掌った故事に由来する。それから、『砂雪隠』という言葉が生まれた。これは、茶の湯で、露地口の内に設けた雪隠を指す。自然石を置き、川砂を盛り、杖を添えてある。
 美しい言葉か美しくない言葉かは、わからなければ、すぐにわからなくてもよい。知性や品性は、一日で身に付くものではないからだ。
 ドアを足で蹴って閉める。ごみを散らかす。ガムをくちゃくちゃさせながら人と話す。人の意見には耳を貸さず、まずは「No!」といって反発しておく。こういった悪い習慣は、一日では治らない。品性もそうだ。一日で身に付くものではない。まず、悪い習慣だということを理解するのに、何日かかるだろうか? (否、何年、何十年かかるかもしれない。)
 品性は日々の努力の積み重ねだ。親がきちんとした躾を子どものときからすることができれば良いのだが、そうでなければ、子どもが「品性」という概念に気付いたときに、努力によって悪い習慣を克服していく他ない。その概念に気付くきっかけになるのは、たくさんの人と出会って会話をしたり、いろいろな本を読んで、その感性を磨いていくのが方法の一つである。家でテレビゲームに熱中していては絶対に得ることはできない。美しい言葉や表現とは何か、品性とは何か、その感覚?感性も言葉の勉強とともに育てていくのだ。
 精華で日本語を学んだ学習者の皆さんには、豊かな知性の感じられる日本語会話を、是非心がけていって欲しいと思う。

                                         2007年2月23日

如何学得流畅的会话、优美的日语

 

  指导日语初学者的会话是很难的。初学者轻易地就会使用不得当的表达方法,我作为教日语的老师,每次面对这些情况时,会边反省自己的教学方法,边给提醒他们。在精华进入中级、学习敬语后,的确能感觉到学员日语会话水平的提高,但还是希望他们能够注意到不同场面下的敬语使用、日本人的审美意识和是非观念等。
  我的祖母把厕所称为‘雪隐(せっちん)’,当问道‘雪隐(せっちん)’是什么时,‘就是せんち呀’( せんち为雪隐的另一种发音)。在祖母的生活中,除了家人亲戚外几乎不与其他人接触。祖母家的厕所在院子边上,是传统的茅房。为了聚积庄稼用的肥料,家人设法使屋顶上的雨水能流入厕所。并且为了肥料使用起来方便,厕所的一边只搭了两根木板。在祖母家,一说‘茅房’,就会让旁边人联想到‘脏’‘臭’等字眼。祖母也清楚这一点,说话时也就很注意。
  因此,当我和别人一起吃饭、非要去厕所不可时,便会一边装作接电话‘对不起,工作上的事情…’,一边离开座位。
  我认为优美的词语是从典故中提炼出的、蕴含深刻含义的话语。词语的由来,词语的出处是理解该词的关键。对于上面提到的‘雪隐’一词有诸多说法。其中之一认为是来自于雪窦禅师在中国的雪窦山灵隐寺负责打扫厕所这则故事。然后又有了‘砂雪隐’一词,即茶室院子里的厕所布施。放些自然的石头,用河砂做装饰,再加上掏粪的木片。
  词语是否优美,并非是一下就能明白的,因为这取决于人的知识及教养方面。
  关门时用脚踢,乱扔垃圾,与别人说话时咕唧咕唧地嚼口香糖,还没听完别人的意见就说“不”。像这样的坏习惯不是一天就可以克服的。人的品质也是同样。认识并克服到此类不良习惯要花几天?几年?几十年?
  养成良好的品质要靠不时不断的努力。最好是父母从孩子小的时就开始做培养启蒙教育,不然只有等孩子长大,有了‘品质’这个概念后,.再努力自己去克服不良的习惯。通过和很多人接触,阅读各类书籍不失为增加自己感性阅历的方法之一。何谓优美的语言、恰到好处的措辞?何谓品质?其中的语感,只是在学习中、人生中一步一步培养起来的。
  希望精华的学员能够意识到这些,掌握生动、优美的日语。




  伊藤由利子老师曾教吴泾中学初中、高中的日语,又在2K班教过初级日语,现担任2L班的班主任,教该班的会话、听力课。伊藤老师知识面极广,除在日本取得《日本语教育能力检定日本语教师养成讲座资格》外,还取得薄记等级资格等四种资格证书,是一位非常好的老师。在来本院前已在日本教日语。她很有信心,在中国教授日本语。实践证明,她对学生极端负责,把学生当作自己的弟弟妹妹,不但教授日语,还教授学生礼仪、社会道德。由于她的勤奋、活泼、热情,深受学生欢迎。


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教員研修会.発表要旨---青野八州男(本院副教授)
受三人重托我当尽力---韦彬杉(本院教授,韦老师从我院筹校时开始教学)
不辜负“精华”的期望---徐艳(本院教师,现已派遣进入日本樱花学院大学深造)
学习体验---郭丹丹 2006年2月入学。
难忘精华的老师---徐兰兰 2005年6月进入2C班学习。